ミナレットの声

春の古馬牝馬のGⅠレースとしてヴィクトリアマイルがある。しかし、そもそも、ヴィクトリアマイルなどというGⅠレースを創設する必要があったのだろうか。
かつて4歳(現3歳)牝馬の秋の「クラシック」レースとして、ヴィクトリアカップがあった。これは牝馬における菊花賞の意味合いがあった。やがてエリザベス女王杯と名称を替え、さらに距離も2400から2200と短縮されたり、競走条件も改変して古馬牝馬のレースとなった。距離、条件の度々の改変は、もはや「クラシック」ではない。何十年も距離や競走条件を頑固に変えず、脈々と伝統化したレースがクラシックなのである。3歳牝馬の三冠目としては秋華賞(2000)が創設された。これが将来にわたって改変されなければ、数十年後にクラシックと認められるだろう。
レースの距離の短縮は、繁殖にあがるべき牝馬の負担軽減と、競走馬がマイラー血統ばかりになったからだろう。2000や2200ならマイラーでも勝てる。JRAはレース体系の整備と番組の充実を謳っている。その一環として、古馬牝馬の春のGⅠレース、ヴィクトリアマイルを創設した。本音はGⅠレースを増やせば馬券の売上げ増になると思っているのだ。またGⅠレースとしての高額の優勝賞金額や生産者賞は、生産界、馬主たちの要望でもあるのだろう。
このヴィクトリアマイルやダートのGⅠレースもそうだが、GⅠ重賞が増え過ぎて、かつてGⅠにあった高揚感や気分的メリハリもだいぶ薄れ、盛り上がりに欠ける。出走馬もGⅡ、GⅢ重賞のレベルである。さらに重賞勝ちもない馬も登場する。

先のヴィクトリアマイルで、3連単馬券で2070万5810円という超万馬券が飛び出しニュースになった。100円買えばこれだけ戻って来るという馬券で、JRA史上二番目の記録となる超高配当となった。
これを現出させたのは18頭中18番人気のミナレットという五歳牝馬である。優勝したストレイトガールは5番人気、2着になったケイアイエレガントも戦前からの低評価で12番人気だった。
JRA史上一番の超万馬券記録は、2012年8月4日の新潟開催の新馬戦で、これを現出させた馬もミナレットである。17頭立ての14番人気で1着に飛び込んだ。2着はヘイハチピカチャンという名の馬で、12番人気だった。実は2着はファイヤーヒースと同着という珍事のおまけつきで、この馬も10番人気の低評価だった。2着同着のため、3連単馬券の払い戻しは2983万2950円の最高記録と、1491万6520円の二通りとなった。この三頭の牝馬、そろいもそろってスピードに欠け、ファイヤーヒースの生産者で馬主のノースヒルズは11戦ばかりで登録を抹消した。
ヘイハチピカチャンも、わずか4戦で中央競馬に見切りをつけ、南関東公営に転厩したが、惨敗を繰り返してほどなく高知競馬に移籍した。高知は水が合ったか、ここで5勝。さらに盛岡に移籍し、盛岡、水沢で走り、東海の笠松、名古屋と流れ、今は門別で走っている。彼女の旅路は、まるでかの天才演歌歌手・藤圭子が歌う女を偲ばせる。ちなみに藤圭子は岩手県一関に生まれ、旭川育ち。浪曲師の父、瞽女の三味線弾きの母と共に、幼くして門付の旅暮らしをした。彼女の数多いヒット曲の中でも「花は流れて」「さすらい」「さいはての女」等の凄味は、その生い立ちから匂い立つものだったろう。
馬の話に戻る。ヘイハチピカチャンは五歳の現役馬で、すでに61戦8勝。スピードに欠ける分、脚への負担も少なく、またダートコースで長持ちするのである。
しかし、わずか4戦しか走らず未勝利に終わった中央競馬での獲得賞金額は230万円で、57戦して8勝の地方競馬での獲得賞金額は130万円余なのだ。これが中央競馬と地方競馬の格差なのである。

さて、二度の超万馬券の立役者ミナレットもスピードに欠ける分、脚部不安とは無縁で、コンスタントに走り続け、34戦5勝である。ミナレットとはイスラム教のモスクに建てられる塔のことで、ここから礼拝告知のアザーンが流れ響くのである。馬主(ミルファーム)とモスリムは無関係だろう。おそらく「ミナレット」という語感が可愛いらしく、牝馬向きだとして名付けたに違いない。
ミナレットはキヨタケ牧場の生産馬である。キヨタケは1959年の桜花賞馬で、これが繁殖入りするのにちなみ牧場名とした。いわばそれだけの歴史を有した牧場なのである。しかし近年の格差の拡大と一極集中は競馬界にも象徴的に顕れている。
競走馬の生産界は「社台に非ずば馬に非ず」と言われ「社台王朝」とも言われる。社台王朝とは、生産牧場の社台ファーム、ノーザンファーム、早来ファーム、追分ファーム、白老ファーム、社台ブルーグラスファームであり、種牡馬を繋養している社台スタリオンであり、育成・調教のための牧場として社台サラブレッドクラブの山元トレーニングセンター、ノーザンファーム空港、ノーザンファームYealling、ノーザンファームしがらき、ノーザンファーム天栄、グリーンウッドトレーニング等がある。観光牧場として運営されているノーザンホースパークもある。
馬主としては、社台レースホース(勝負服は黄、黒縦縞、袖青一本輪)、サンデーレーシング(黒、赤十字襷、袖黄縦縞)、さらに吉田一族の和子、照哉、千津、哲哉、勝己、和美、俊介、晴哉、安恵等が、それぞれ個人馬主でもある。
驕る平家は久しからず…。私はかつて急伸長中の中内ダイエーの企画をしたことがある。日本の流通業界の雄・三越をあっという間に追い抜き、流通業界で売上げ一兆円超えを果たし、さらに拡大していたときである。その頃、中内功社長はダイエー内で最も強い危機感を抱いていたのである。タンス満杯論を言い、安売りの店から高級品を扱う店への転換を模索していた。その後もダイエーは伸張と拡大を続け、出版社やプロ野球球団等を買収し続けた。私にはそのダイエーが消滅するなどとは想像もできなかった。しかし、驕る平家は久しからず…なのである。
馬で言えば、イギリス競馬界にも有名な「セントサイモンの悲劇」があった。セントサイモン系が大隆盛を極め、イギリスで施行される重賞レースの半分はセントサイモン系が占めた。「セントサイモン系でなくば、サラブレッドに非ず」とまで言われたのである。しかし、一気に消滅に向かった。

ミナレットの父はサンデーサイレンス産駒のスズカマンボで、天皇賞(春)の優勝馬である。口の悪い人(私なのだが)に言わせれば「さすが、腐ってもサンデーサイレンス」だったが、実はなかなかの良血馬だった。種牡馬としてオークス、秋華賞、エリザベス女王杯のGⅠを3勝したメイショウマンボを輩出している。
スズカマンボはサンデーサイレンス産駒ながら、社台スタリオンに繋養されているシンジケートを組まれて高額種付け料の種牡馬たちとは異なり、種付け料が安い。しかしそもそもサンデーサイレンスそのものが、社台王朝を盤石なものにした種牡馬なのであるが…。
資金量が豊富な大生産牧場や馬主たちは、社台系の高額種牡馬を付けることができるが、それ以外の生産牧場にとっては手が出ない。スズカマンボやマツリダゴッホ、ブラックタイド、ジュニイン、スパイキュール等の種付け料は手頃なのである。彼等の多くは非社台系のスタリオンに繋養されている。何と言ってもサンデーサイレンス産駒なのだ。ブラックタイドなどは、何と言ってもかのディープインパクトの全兄なのである。その成績は典型的な早熟型で成長力に欠け、どちらかというとマイラーだが、ひょんなことから、ディープインパクト産駒と同じようなGⅠ馬が生まれるかも知れない。スズカマンボ産駒にメイショウマンボが出たように。
ちなみにスズカマンボは万能型のサンデー産駒で、長距離の春の天皇賞馬なのである。その娘ミナレットはもっぱら短・中距離を走らせられている。陣営はマイラーと見ているのだ。なぜなら、スズカマンボの母の父キングマンボはマイラーなのである。そのキングマンボの日本における最高傑作はキングカメハメハである。
ちなみにGⅠ馬メイショウマンボはこのヴィクトリアマイルで17着に大敗した。もうかつての輝きも闘志もない。引退させるべきだろう。

さてミナレットは、北海道オータムセールのセリ市場で、わずか84万円でミルファームの所有馬となった。キヨタケ牧場にとっては大赤字だったろう。現時点でミナレットの獲得賞金額は1億1400万円を超えた。何という馬主孝行なのだろう。
84万円のミナレットが現出した超万馬券を、ミルファームの清水敏氏は買っていただろうか。買っていたとすれば素晴らしい博才である。ところでミルファームの清水オーナーは、その愛馬の命名において、かの「オダギリ馬」の流れをくむところがあり、2013年生まれの一頭に「オレデヨケレバ」と命名している。「メロメロパンチ」という牝馬もおり、その父はかのオダギリ馬のオレハマッテルゼである。
…ミナレットから礼拝告知の声が聞こえる。「さあ、みな祈りのときだ、
万馬券が出ますように~。さあ、祈りの時間だ…唯一の神にお祈りを捧げるときだ…超万馬券が正直者に当たりますように」