イベントは物語をつくること

また、だいぶ以前のイベント企画の話である。中山競馬場のオールカマーの日の企画提案であったか。広告代理店の各社が中山競馬場の会議室に集められた。中山競馬場の庶務課の担当者がイベント提案に関するオリエンシートを配布し、説明をはじめた。
期日、オールカマー当日の場イベント、予算などである。さらに「必ず実施していただきたいものは、千葉県の物産展、あとは各社の提案にお任せする。ただし、今まで中山競馬場で実施していないもの、やっていないアイテム、さらに中央競馬(JRA)のどの場でも実施していないアイテム、また地方競馬でも実施していないもの、本邦初のものをご提案ください…」
居合わせたオリエン参加者は思わず全員顔をあげ、担当者の顔を見、また互いの顔を見合った。
H堂の方が手を挙げて質問した。「これまで中山ではどんなアイテムをやられたのですか?」
「みなさんご存知のとおり、馬場内こどもの広場にフワフワなどの大型遊具、フワフワ滑り台、ミニSLや変わった面白自電車、おもしろ乗り物、キャラクターショー、歌のお兄さん・お姉さんのショー、車載移動遊園地の回転木馬、海賊船とか…」
D社の方も手を挙げた。「貴場と、他場でやったイベントの資料、イベントアイテムなどリストがあったらいただけないでしょうか?」
「わかりました。それでは今日中に各社にリストをファックスいたしましょう」
会議室を出た各社はそれぞれ固まって廊下を歩いた。ぼそぼそと囁く声もする。事務所の外に出ると各社口々に言った。「もうみんなやり尽くされている。これは無理だね。」「どうします?」「本邦初のものか…」「まいったね」「今までやっていないものか」…
H堂の担当者が苦笑しながら言った。「もちろんプレゼンは参加するけど、うちは今回取れなくてもいいや」
その時すでに何を提案すればいいか、私の中では決まっていた。しかし、それを口に出すのはギリギリまで控えることにした。

競馬会のイベントに関して、私の事務所はTI社のパートナーとして組ませていただいていた。帰りの電車の中で尋ねられた。「フワフワって何種類ぐらいあるの?まだやっていない本邦初の遊具とかの情報ある?車載型の移動遊園地で新しいやつはあるの?予算的に無理か…」
そして今後の会議や、進行と日程、どういう企画にするか等を打ち合わせた。
案の定、中山競馬場から送られてきたファックスのリストを見れば、もう実施されていないイベントアイテムは無いのであった。私は毎日のようにTI社に出かけ会議を重ねたが、良案は全く出ず、いたずらに日が経つばかりであった。
私はギリギリまで腹の中に決めたアイデアを言わなかった。私が会議に出すのはダミー案である。無論けなされる、反対される。すでに千葉県の物産展に関しては、JA等に協力していただく裏は取っていた。また腹案のアイテムに関しても全て仮押さえをした。
手詰まりから、とうとうTI社の担当者たちが言った。「H堂もD社もお手上げみたい。もう取れなくてもいいって言ってたよ。うちも今回取れなくてもいいや。もう時間が二日しかない。企画内容は全部あんたに任せるから、いちおう企画書作って。もう任せる!…」
実はその言葉を待っていたのだ。早く提示すると反対されるからである。
「すみません、実はもう大体の企画はまとまっています」
「ええっ~。どんなの?」
「今までやったものを全部やる!」
「ええ~」
「と言うか、提案するアイテムは、すでに中山競馬場でも他場でも、過去にやったもの。それをあえて出す。フワフワ遊具、歌のお兄さん、キャラクターショー、ミニSL……」
「え~…まあ、取るつもりないからいいけど…」
「今回、私たちはこれらのアイテムで、楽しげな物語(ストーリー)を提案しましょう」
「??」
「物語をつくりましょう」
アイテムのひとつひとつには物語(ストーリー)がない。だから、それらをつなぐ物語をつくるのだ。

当時、中央競馬会(JRA)にはシンボルキャラクターの「ターフィー」は生まれておらず、各場が可愛いシンボルキャラクターの絵をつくり、それを塗り絵やシール、ワッペンにしていた。中山競馬場は最も熱心で進んでおり、そのキャラクターを「ナッキー」と名付け、子どもたちに配布するワッペン、スケッチブックやキャンデーに反映していた。

馬場内こどもの広場に「ナッキー共和国」をつくりました。競馬場の門の所で来場の子どもたちに「パスポート」を配布します。失くさないよう、それを首からかけてくださいね。パスポートには「ナッキー憲章」が書かれているので、みんなよく読んでね。「みんな仲良く遊ぶこと。遊具やSLに乗るときは整列しよう…」等です。みんなナッキー憲章を守ってね。またパスポートといっしょに、ナッキー共和国の地図(イベントアイテムやスケジュールが入ったチラシ)ももらってね。
馬場内こどもの広場に行くにはトンネルを通らなければなりません。そのトンネルの入り口にナッキー共和国のゲートがあって、「入国」のためにはパスポートを提示してもらいます。そこでナッキースタンプを捺すよ。そこをスルーしてしまうと密入国となり、「国境警備隊」のスタッフのお兄さん、お姉さんに捕まります。でも改めてパスポートにスタンプを捺すよ。もし競馬場に入ったところでパスポートをもらっていない場合は、国境警備隊のお兄さん、お姉さんが渡してくれます。
ナッキー共和国の初代大統領は、テレビでおなじみの「歌のお兄さん」です。歌のお兄さんによる「ナッキー共和国の建国宣言」もあるよ。
さてナッキー共和国は三つの州があります。ひとつはフワフワ州で、巨大なペンギンが棲息しています。またネッシーのようなフワフワ怪獣の目撃例がたくさん寄せられています。みんな探しに行ってください。そこで遊んだらパスポートに「ナッキースタンプ」を捺してもらってね。
もうひとつの州はヒーロー州で、ヒーローが登場するシアターがあります。ここでヒーローショーや大統領の歌のお兄さんの建国宣言と、楽しいコンサートとクイズ&ゲーム大会があります。歌の得意な子にはステージにも上がってもらって「のど自慢」もやろうかな。ここでもナッキースタンプを捺そうね。
三つ目の州はワクワク州で、ここにナッキー共和国の首都があります。首都の名前は「バザール市(シティ)」です。ここにもナッキースタンプを捺すコーナーがあります。ナッキースタンプの欄が全部埋まると「ナッキーのスケッチブック」と「ナッキーキャンデー」をプレゼントするよ。
バザール市では千葉県の物産展が開かれ、お母さんもピーナツや新鮮野菜などを安く買えますよ。また、けんちん汁やおでんや焼きそば、たこ焼きなどの美味しい屋台が並んでいます(これらの売り上げの一部は交通遺児育英会に贈られます)。
このワクワク州の駅から「ナッキー鉄道」のミニSL「ナッキー号」が出て、フワフワ州やヒーロー州を回っています。それぞれの州にも駅があります。…他にも楽しい遊具や、ポニーの乗馬もありますよ。…

企画書にはナッキー共和国の地図や、ナッキー鉄道路線図、パスポートとナッキー憲章の文なども付けて、指定された日時にプレゼンを行った。
やがて、決定の通知が入った。「決定の理由はなんでしたか?」とTIの担当者が中山の担当者に尋ねたらしい。「いちばん楽しそうだったから」という返事だったという。これが「してやったり!」である。
当日、中山競馬場の係長や課長までが、トランシーバーで現場のスタッフに伝えてきた。「え~、国境警備隊、国境警備隊、どうぞ」「はい、国境警備隊です、どうぞ」「いまそちらに密入国と思われる子どもが二人向かいました。どうぞ」「はい、了解しました!」
D社やH堂の担当者がイベントのモニターにやって来た。そしてニヤリと笑って「やられました」「なるほど、してやられたね!」