ディープインパクトの衝撃

TVで競馬の天皇賞・春(京都競馬場3200メートルの長距離レース)のディープインパクトの衝撃的な圧勝劇を見た。  パドックの姿を見ても群を抜いて美しい馬である。近年サラブレッドは大型化し、500キロを優に超す馬が多い中で、ディープインパクトはとても小柄である。当日は438キロだった。脚が長く細身である。背と首筋と胸のバランスが良く、歩いても、走っても、いかにも強靱な柔らかさが伝わる。実に均整の取れた美しい馬である。一昨年のダービー馬キングカメハメハは490~500キロ台の四角い感じのする馬であった。見るからにパワー溢れるスピードがありそうな、典型的マイラー体型である。体型的には細身のディープインパクトの方が、長距離に適応性があるだろう。しかしサンデーサイレンスの子なので、本来はミドルディスタンスホースなのだ。
長距離レースの最も重要なファクターのひとつは「血統」なのである。次が「気性」であり、次いで「調教と調子」である。血統は「体型」に現れる場合もあり、全く現れない場合もある。
スタートは出遅れて最後方からであった。この出遅れ癖は皐月賞とダービーでも見せた。長距離レースの勝負は馬と騎手のレース中の「折り合い」が最も重要である。折り合いは馬の「気性」と騎手の手腕にかかる。ディープインパクトは、菊花賞(京都3000メートル)と有馬記念(中山競馬場2500メートル)では、折り合いを欠き、引っかかっていた。菊花賞は圧勝し無傷の三冠を達成したが、初めて古馬と対戦した有馬記念は2着と敗れた。折り合いを欠けば、この圧倒的天才馬、神の馬にしても負けるのである。
淀の馬場は向こう正面から3コーナー手前で坂を登る。3コーナーから4コーナーにかけての長い下り坂は「ゆっくりゆっくり下らなければならない」と言うのが勝利の鉄則とされてきた。下り坂で仕掛けて先頭に立つと、直線ではスタミナがもたないのである。しかしディープインパクトはこの下り坂で行った。引っかかったのかも知れない。鞍上の武豊は抑えなかった。馬との喧嘩を避けたのである。4コーナーを回る所で早くも先頭に立った。そのまま後続馬との差を開き、これまでの天皇賞レコードを1秒も縮める3分13秒4のレコード勝ちだった。以前も書いたが、競馬の1秒差は5馬身差に相当する。つまりマヤノトップガンを5馬身ちぎったのである。
相変わらず爆発的な瞬発力で上がり3ハロン33秒5。衝撃的だったのは4ハロンの計時タイム44秒8である。つまり下り坂200メートルを11秒3の速いラップで駆け下り、4コーナー手前からゴールまでの3ハロン600メートルを、1ハロンにつき11秒ちょっと刻みで駆け抜けたのだ。この馬は速い脚(いわゆる爆発的瞬発力)を、800メートルも持続できるのだ。これは怪物である。天馬である。神の馬である。一瞬の速い脚はどんな馬でも持ち合わせている。しかしそれは200メートル、あるいは400メートルなのだ。かなり強い(速い)馬でも、3ハロン(600メートル)34秒から35秒台なのだ。

私は過去に遡って5000頭前後の馬の血統やレースぶりを記憶している。もっと多いかも知れない。先に書いたように、長距離レースは 「血統」である。この血統の記憶で、菊花賞や春の天皇賞、有馬記念はよく勝ち馬を的中させた。タケホープもグリーングラスも、ホクトボーイもメジロデュレンもメジロマックィーンも、ダイナガリバーもアンバーシヤダイも、ライスシャワーもマヤノ トップガンも、それまでの戦績よりも長距離の血統と気性と体型と、「上がり馬(成長馬)」かどうかを見極めて的中させた。
いま私の周囲には競馬を知らぬ人が多いが、残念なことである。競馬を知らぬということは、寺山修司の三分の一を語れないということなのである。私が競馬の面白さに気づいてから40年になる。そして寺山と私は、少なくとも十五年は同じ馬やレースを見てきたのである。ハイセイコーとか、狂女チドリジョーとか、ガーサントの子とか…。寺山はガーサントの子が出馬するレース前に、「雨々降れ降れガーサント」と童謡の替え歌を歌った。ガーサントの子は重馬場や不良馬場に強かったのである。

(この一文は2006年5月2日に書かれたものです。)