愛する小鳥よ

4月22日は「アースデイ」だそうである。アースデイと国連の「地球環境を守る日」がどう違うのか、同じものかは知らない。この「アースデイ」とか「地球環境を守る日」と聞くと、どうしてもコロラトゥラ・ソプラノのサイ・イェングァンさんの「愛する小鳥よ」が頭の中に響きわたる。もちろん自分で口ずさめるような歌でもない。

国連「地球環境を守る日」のテーマ曲「愛する小鳥よ」は、中国を代表する作曲家・施光南(シー・グァンナン)が、崔岩光(サイ・イェングァン)のために書いたとされる。
サイさんは中国音楽学院歌劇科修了し、中国中央歌劇院ソリストとなり国連「地球環境を守る日」に「愛する小鳥よ」を北京で初演、中国音楽協会「緑葉賞」を受賞した。施光南は中国最高の作曲家と言われている。彼の人生も謎めいて、東京湾で水死体で発見されたのである。詳しくは知らない。

かつて、サイ・イェングァン(崔岩光)さんに「波瀾万丈ですね」と言ったら、彼女は「そうでもない」とこともなげに言った。しかしサイさんの人生は生中なものではなく、実に波瀾万丈と思われた。
人生には浮き沈みがある。非才な私は沈降し、「神が与えた声」と言われた彼女は、三枝成彰や小澤征爾らに「世界No.1ソプラノ」と評価された。
以前、ゲートシティ大崎のグランドオープンを企画に携わり、サイさんのコンサートを開催した。三井不動産の岩沙社長が休憩時間にロビーに出てきて、興奮気味に「素晴らしい、実に素晴らしい。世界No.1ソプラノだ」と大声で言った。社長ご夫妻は、実は熱心なオペラファンだったのである。サイさんは、まさに絶品のコロラトゥラ・ソプラノなのである。
彼女はそのような高い評価を受け成功したのだが、しかし、実はその才能に見合う知名度と成功を得ていなかった。おそらく波瀾万丈の、彼女が最も沈降していたときに日本デビューをしたからである。

彼女は三大テノールのひとりホセ・カレーラスとの共演で、フランス・オペラ座から世界デビューすることが決まっていた。最も沈降した理由は、天安門事件が発生し、フランスやアメリカなどが激しく天安門事件批判、人権問題批判を展開した。それに強く反発した中国政府は、「もう崔岩光をフランスには出さない」という決定を下した。
こうしてサイさんはヨーロッパからの世界デビューをふいにし、日本に来た。日本が天安門事件や人権問題で、あまり批判めいたことを言わなかったからである。
サイさんは子ども時代から歌の天才少女と呼ばれていたらしい。ある人が美空ひばりと同じだよと言った。私はひばりの「東京キッド」を思い浮かべた。
あの、まるで子どもらしくないシナとつくり笑顔で、首領様のために歌って踊る北朝鮮の幼稚園児のような、品のない子どもと比較しないでいただきたいものである。
また最近、安倍昭恵さんは幼稚園児たちが声を揃えて唱える「五箇条の御誓文」「教育勅語」や、軍歌「軍艦マーチ」を聞いて感動したそうである。まるで北朝鮮の幼稚園児と同じである。

天才少女といわれたサイさんは、中国の要人や各国の賓客の前で歌ったそうである。しかし、やがて文化大革命で槍玉に挙げられた両親と別離し、姉弟らと子どもたちだけの軟禁生活を強いられた。文革では叔父が獄死した。
文革が終焉すると北京空軍歌舞団に入り、たちまち頭角をあらわし、毛沢東主席夫妻や特に周恩来夫妻から寵愛されたという。
だから彼女は、北京政府の要請で毛主席の逝去を歌で送り、後年その生誕百周年を歌うことで祝ったのだ。
彼女は平山郁夫に招請され、東京芸術大学の客員研究員として来日した。その派遣期間の満了が近づく頃、もっと日本で学びたいという彼女のために、当時の朝日新聞の中江社長が一肌脱いだ。彼女は中江社長の養女となったのだ。
そのころ朝日新聞は親中派として、右翼団体から執拗な攻撃を受け続けていた。ついにある日、右翼の野村耿介が、朝日新聞の社長室で短銃自殺をし、中江社長は退陣した。悩んだ彼女は養女を解消した。
そんな彼女を引き受けたのが木村さんという、演歌と民謡しか歌わぬ人であった。東京都から21世紀に最も期待される企業といわれた会社の代表で、すみだケーブルテレビの社長でもあった。数々の事業組合の理事長や協会の会長などの名誉職も兼ねていた。
本社社屋内にホールを持ち、サイさんを社員身分にしつつ、歌のレッスンを続けさせた。
ところがその木村さんの会社が倒産したのだ。クラシック音楽で有力な事務所が数社、彼女にマネジメントを申し入れた。ところがサイさんはそれらの話を全て断り、無一文同然になった木村さんに、「私のマネージャーになってください」と言ったのだ。演歌と民謡しか知らぬ、クラシック音楽には無縁な男にである。まるで演歌、いや浪花節ではないか。…「波瀾万丈ですね」と言うと、こともなげに「そうでもないよ」と微笑んだ。