障害レース

実は私が一番どきどきする競馬は、障害競走なのである。
まだ競馬にさほど詳しくなかった頃のことだ。障害競走に出走する馬の戦績を調べているうちに気付いたのである。彼等のデビュー時は、みな平地競走なのである。そして平地で成績が上がらず、障害競走に転向するのだ。なんだ、未勝利馬の、あるいは弱い馬の救済レースか、と軽侮の念を抱いてしまったのである(しかしレースは面白かった)。
そのためイギリスのミステリー作家ディック・フランシスまで侮ってしまったことがある。彼の競馬小説を読むと、登場人物、主人公の多くは元障害競走の騎手であり、描かれるレースも障害競走なのである。そしてディック・フランシスは女王陛下の騎手だったというが、「なーんだ」障害騎手だったのかと…無知とはまことに恥ずかしいことである。

しかしイギリス(ヨーロッパ)の障害競走は、決して平地で成績の上がらない馬の「救済レース」ではなかったのだ。ディック・フランシスは女王陛下の騎手として知られていた。
イギリスの障害競走の最高峰グランドナショナルは、リヴァプール郊外のエイントリー競馬場で施行される。このレースはエプソムダービーを凌ぐほどの人気レースなのである。馬券の売上額はイギリス国内の最高を誇り、また日本の有馬記念の売上額をも凌ぐ。もちろんこの競馬場は障害競走専用であり、グランドナショナルのための競馬場と言って過言でない。
グランドナショナルはハンデキャップレースだが、世界で最も過酷なレースなのである。コースに設置された障害は計16箇所で、4マイル4ハロン(約7242メートル)の距離を走りながら、その障害を合計30回飛越するのである。
出走馬はスターティングバリアー後方に整列せずに待機し、バリアーが上がると同時に一斉に走り出すのである。映像で見ていると本当に面白い。どきどきする。出走頭数40頭のうち、完走できるのは10頭前後なのだ。完走5頭という年もある。
グランドナショナルに優勝した牡馬は種牡馬になれる。イギリスでは障害競走馬の血統が確立しているのだ。グランドナショナルに勝つほどの馬は、飛越のための優れた筋肉と馬体、優れたスタミナと闘争心、そして何よりも強い忍耐力と、果敢な勇気があると認められるのだ。その忍耐力と勇気を引き継ぐ血統なのである。

日本の障害競走は未勝利馬の「救済レース」のような感が否めなかったが、あるとき私はその考えが間違いだったと悟った。JRAのイベントの仕事をしていたおり、たまたま許可を得て、中山の障害コースを歩かせていただいたことがある。
「花の大障害」と呼ばれた春の中山大障害(現中山グランドジャンプ)、年末の中山大障害。…こんなきつい傾斜の坂を駈け下りて、また駆け上るのか。こんな高い障害を、いくつもいくつも飛び越すのか。飛越し、下を見れば水がきらめく水壕なのだ。水は濁っており、その深さを馬は分かるまい。
大竹柵の下で感嘆した。凄いなあ、ここを飛び越すのか。大障害の高さに圧倒された。よく飛ぶ勇気があるものだ…。えらいなあ、馬も騎手も。勇気があるなあ、馬も騎手も…偉いなあ。
またあるとき武豊騎手が話すのを聞いた。「障害の騎手は勇気があります。僕はとても…。競馬学校のときから、障害は苦手でした。障害レースは、馬も騎手も勇気がなければ飛べません。だから彼等をとても尊敬しています」
そして障害レースは見ていて一番面白い。特定の馬を応援することすら忘れ、全ての馬を応援してしまう。それ、それっ! よし、あと残り三つだ! それっ…あ~…。
グランドマーチスという強い障害のチャンピオンホースがいた。中山大障害を4連覇した。バローネターフも強く、中山大障害を3連覇し、天皇賞にも出走した。オキノサコンもいた。テキサスワイポンという美しい芦毛のチャンピオンもいた。テンポイントの全弟キングスポイントも暮れと春を連覇している。騎手は小島貞博であった。
勇気のある名騎手がたくさんいた。寺井千万基、法理弘、平井雄二、根本康広、星野忍、平田秀也、大江原哲、大江原隆、熊沢重文…最近なら柴田大知騎手か。…彼等と馬は、互いにコミュニケーションを取りながら、その踏み切るタイミングや着地に、全神経を集中させる。しかし人馬は適度にリラックスもしていなければならない。みんな本当に度胸が良い。障害の騎手も馬も勇気がある。観戦する者にとってこれほど面白いレースはない。

ちなみにだいぶ昔、ボルボ・ワールド・カップという馬術競技のイベントの仕事に関わったことがある。障害馬術の国際大会である。これはこれで、競馬の障害とはまた異なる面白さがある。やはり人馬は適度のリラックスと適度の緊張が必要なのだろう。彼等は呼吸を合わせ、全神経を集中させて飛越する。その緊張感がたまらない。彼等は規定の時間内に全障害を飛び、そのコースを回らなければならないのだ。
むかしエリザベス・テイラーがまだ12歳頃の主演映画に「緑の楽園」(TVでは「走れチェス」)というのがあった。黒髪のすごい美少女ヴェルヴェットが、馬を駆っていくつもの大障害を飛越していくのである。彼女が出走したのがグランドナショナルなのであった。
文豪ヘミングウェイは若くて貧しかったパリ時代、妻のハドリーと連れだって競馬場に遊びに行っている。特に障害レース専門のオートゥイユ競馬場である。博才はハドリーのほうがあったと思われる。彼女の買った人気薄の馬「黄金の山羊」は大差をつけて先頭を走り、あと一つの障害を飛越すれば、二人の半年分の生活費を手に入れることができるはずだった。しかし黄金の山羊は最後の障害で落馬してしまったのである。二人は芝生にヘミングウェイのコートを敷いて坐り、ワインを壜から交互に飲み、次のレースの検討をし、少し昼寝をした。…